会えたらいいな。

INTERVIEW VOL.4 フード&ワインジャーナリスト 鹿取みゆきさん

ワインの記事を書いている者として日本のワイン産業を見ていく責任を感じた

池野

鹿取さんといえば、“日本ワインガイド 純国産ワイナリーと造り手たち”だと思うのですが、出版されたのは2011年春でしたね。私のワイナリーはその頃着工したので掲載がギリギリ間に合わなかった。残念でした(笑) そもそもワインの記事を書くようになったのはいつ頃だったのですか。

鹿取

きっかけは2004年の料理王国の「日本ワイン列島」やdanchuの「日本のワイン」の取材依頼があったことですね。その頃から日本ワインの記事を書き始めたのですが、取材をしていくうちに日本にもブドウ栽培に力を入れてワイン造りをしている人がいるというのを実感できました。またその時に試飲したワインが今まで飲んだ日本ワインと印象が違っていて「これは可能性があるかもしれないな、根本的にブドウ栽培から見直せば日本のワイン造りが変わるかな」と思ったんです。
それから取材を続けると日本ワインガイドにも書いたのですけど、一年後にいくと同じワイナリーのワインが美味しくなっているのを実感でき、これは見ていく責任があるなと思いました。日本人でワインの記事を書いているのにそれを見ていく責任ですね。それに加え、日本人として日本のワイン産業を応援したいという意味もありました。

池野

日本ワインの黎明期みたいな頃だったんですね。今続々とワイナリーができていますが、いつ頃から新規ワイナリーが増え始めたのでしょうか。

鹿取

ホントに増えていったのはここ5年です。それまでは企業がお金を出してワイナリー経営を始める事はあったけれど2000年頃から小規模な個人が増えていきました。池野さんもそうですよね。

池野

私がワイナリーを本格的に立ち上げたのは2011年の秋です。

鹿取

そうでしたね。大手企業のなかでも本当にいいワインを作ろうとしている人が独立をし始めました。いいブドウを作ればそこそこのものができるっていうのを若いワインに携わっている人たちが実感していたのではないかと思います。

池野

自分でブドウを作っていないもどかしさもあったのかもしれませんね。

鹿取

昔は契約農家とワイナリーの関係の距離があったので、そこまで頼めなかったかもしれません。

池野

契約農家のブドウを買った事がないので分からないのですが、遠慮する部分があったのでしょうか。

鹿取

いや、お金の部分ですね。たとえば収穫時期を一週間延ばしてほしいとするともし雨が降るとそのブドウがダメになることも考えられますよね。それではどちらがリスクを負うんだという問題もある。栽培方法においても、収穫量が減れば収入も減るわけですから。

池野

契約しているワイナリー側ではその辺りのリスクは引き受けてこなかったのですね。

鹿取

以前は糖度のみで買い取っていたんですけど、最近になって面積買いをするワイナリーもでてきています。

池野

契約農家さんとの関係性が変わってきているんですね。

農家さんの意識が変わっていってワイナリーの意識も変わっていった

鹿取

ワイン造りはブドウ造りというのが浸透してきたせいか、栽培農家のなかでも出来上がるワインをイメージしてブドウを育てる人たちがでてきています。そういう意味で独立した人たちが作ったワイナリーでも、そうでないワイナリーでも農家さんの意識が変わってワイナリーの意識も変わってきているというのは大きいと思います。

池野

なかにも海外で学んだ方も戻ってきたりしていますよね。なにかその点で気付くことはありますか。

鹿取

昔は個人のワイナリーが最新の醸造機器を買うのは考えられなかったのですが、情報も入ってこなかったですしね。今は小仕込み用の温度コントロールのできるタンクを備えてたり、樽もメーカーを選んで輸入していたりするのが以前とは違いますね。
また海外にでていなくてもインターネットで情報を得られるようになったので、ブドウの品種にしてもこの土地にはこの品種を植えようとか気にするようになったし苗木でもクローンを選んで植える人もでてきました。

池野

私も開墾時に台木はコレ、穂木はコレとクローン指定をして苗木を発注したのですが、そういったことをする人は初めてです、と当時は苗木業者に言われたんですよ。2006年のことです。
希望通りの組み合わせの苗木を作っていただくので1年待たなくてはならなかったのですが。でもそのクローンも日本は本当に種類が少なくて自分でフランスから取り寄せようとしたこともありました。最初にどの台木、どの穂木を使うかっていうのはその後何十年に渡っての品質に関わる事なのでとても慎重になりましたね。ただ、日本のどの地方でどの品種がいいかというのはまだ特定できる段階ではないですよね。

鹿取

そうですね。適正品種は模索している段階です。

高アルコールにならないのは日本ワインにとってのメリット

池野

日本ワインとひとくくりに質問を受けることがありますよね。私も良く聞かれます。日本も北海道から九州まで南北に長く亜寒帯から亜熱帯まで気候の差が激しい地理条件なのにです。どのようにお答えになっていますか。

鹿取

特長としては、たとえばカリフォルニアでは旱ばつが続いていて糖度が上がりすぎて高アルコールになりすぎてしまったり非常に香りが強くなってしまうとかありますけど、日本の場合は高アルコールになることはないということでしょうか。それは逆にメリットでもあります。香りもカリフォルニアと違って強烈すぎることはないですし。日本の穏やかな味わいは強みだと思うんです。

池野

飲み疲れないのもいいですよね。

鹿取

そう、日本人に合っていると思うんです。日本人は凄く辛いものとか凄く香りの強いものはあまり食べないですよね。日本ワインはヴィニフェラもラブラスカもヤマブドウもそれぞれの交配品種から造られているから味わいのバリエーションの幅も広く、それがメリットだと思ってます。私たちは中華もイタリアンもエスニックも食べるから幅があるほうがいいですよね。

池野

確かに。地理的条件に様々な品種が加わると順列組み合わせでバリエーションは無限大(笑)

鹿取

モンスーン・ワインメーキングですね(笑) 地域では北海道、長野がこれから動いていくでしょうね。池野さんのいる八ヶ岳山麓はこれから可能性がありますよね。冷涼な気候は願っても持って来れるものではないですから。

池野

人間にとっても避暑地である八ヶ岳山麓は過ごしやすいですから、ブドウにとっても栽培環境がいいのではないかと思って畑を拓いたんです最初。夜温が下がるのも大きな魅力でしたね。

鹿取

寒暖差よりも夜温がさがるかのほうが大切ですよね。現在は都内でも購入できるようになったんですよね。

池野

2014年から百貨店などで扱っていただいたのですが、お客様みなさまが愛情をもって接してくださったり応援してくれるのが嬉しく思っています。新宿伊勢丹で初めてイベントをさせてもらって、お客様が来るのか不安だったんですけど、初日10時の開店とともにカゴいっぱいに6本も7本も入るだけワインを入れてくださる方がたくさんいて…。私も反対側の入り口から10時の開店とともに「せーの!」で入ったのですがお客様の方が私の到着より早かった(笑)。
有り難くて身が引き締まる思いでしたね。売場の方のお話では通常はフェアのワイン1本と常設のワインを購入されるのが一般的だということで、ミエ・イケノのワインだけで会計されるのをすごく驚かれていましたね。それだけみなさまに期待していただけるのは嬉しかったですね。

鹿取

都内では東急百貨店でも販売されてますよね。

池野

東急百貨店では毎週末有料試飲コーナーでのテイスティングをされていたり、大きなワイン倉庫があって温度管理されているので安心してお任せできるんですよね。ワインを大切に扱ってくださる小売店さんを探していたのでいいご縁だと思っています。現在は、渋谷本店と東横店、吉祥寺店、たまプラーザ店、そして札幌店の5店舗で扱ってもらっています。
昨年の冬のシャルドネ2013のリリース当日も朝から並んで抽選で入場してもらったみたいで、持っていったワインが午後にはほとんどなくなったしまったので、慌てました。頑張らなきゃ、と思いましたね。

鹿取

生産本数は7000本でしたっけ。

池野

はい。2013年まではおよそ7000本で、2014年からは1万本に手が届くところまできました。2014年ミレジムも6月にリリースしたのですが、おかげさまでたくさんの方にお求めいただきました。

鹿取

全体の品種の割合はどうなっていましたでしょうか。

池野

シャルドネ40%、メルロー30%、ピノ・ノワール30%です。

鹿取

シャルドネは4000本超ということですか。

池野

そうですね。今後はそれ以上が目標です。最初に試験醸造したときに猫の足跡畑にはシャルドネがあっているのではないかと思って比率を高くしたんです。
一気に植樹していなくて3年かけて徐々に比率を高めていったんですけど。

鹿取

試飲してますが、シャルドネあっているんじゃないですか。塩尻で栽培されているカベルネフランは考えなかったのですか。

池野

そうですね。桔梗が原のメルローのエピセな感じが印象的だったのと、カベルネフランよりメルローに可能性を感じたというのもあり最終的にメルローにしました。多くの品種を育てるより、ひとつの品種にじっくり取り組みたいのも理由でした。

ペイン氏を迎えての試飲会では小規模ワイナリーのレベルの高さを感じた

池野

昨年、ドイツのゴーミヨ誌の編集長ジョエル・ペイン氏が来日され日本のトップワインを揃える試飲会を行うと鹿取さんからお招きいただいて参加したのですが、私もあれだけの数の日本ワインの試飲を一度にするのは国内では初めてでした。80本の秘蔵ワインばかりとお聞きしましたが。

鹿取

あの時は日本のトップクラスのワイン集まっていたと思います。ペイン氏はドイツ語・英語圏のワインジャーナリストでもあるので世界にアピールする場であったのでお声がけしたんです。極東地域なので正確な情報が伝わらない状況なのでこういった機会はとても貴重でした。

池野

鹿取さんはペイン氏の80本の試飲コメントを逐一メモされていましたよね。印象に残ったことはありましたか。

鹿取

甲州に関して樽香があるものは私たち以上に拒否してましたね。甲州でも土地の個性が出ているワインには一定の評価をしていましたが樽のフレーバーが出ると受け入れることができないようでした。
先日もパオロ・バッソ氏(注:2013年ソムリエ世界チャンピオン)の試飲でもペイン氏と同じ事を言っていて驚いたのですが、ソービニオン・ブランでは日本で香りを強く出そうとしていましたがそれは気にし過ぎだと。ワインは香りだけでなく味わうものだからと。

池野

テクスチャーを大切にしなさいということですね。

鹿取

そうです。香りの強いニュージーランドのソービニオン・ブランを日本で造ってどうするんだと言ってましたね。もっとペイン氏の言葉をフランクにするとロワール、ボルドー、ニュージーランドのソービニオン・ブランのように他の産地にあるスタイルを追い求めていてはいけないんだと、それでは道を見誤ってしまうということです。ブドウが完熟するのが凄く重要だとパッソ氏のコメントからも共通して聞かれましたね。赤ワインでもそうで、しっかり育てたブドウで造られたワインは味わいにもよくでているなというのはペイン氏の横で思いましたね。あの時は小規模ワイナリーのレベルアップしたのをかなり痛感しましたね。

池野

あの日は入っていきなり握手を求められてびっくりしました(笑)

鹿取

池野さんのワインを試飲しているときは彼はまったく情報を持ってなかったんです。「えっ! このワインだれが造ってるの?」と彼が聞いてきたんです。
ワイナリーまだできたばかりなんですけど栽培で有名なフランスのモンペリエ大学で勉強してクール・クライメイトでブドウを育てているんだけど今日この試飲会場に来ますよと。

池野

ちょうどそのタイミングで私が入って来た。「はい! 造ってるのは、こんな人です!」と(笑)

鹿取

そう。いいタイミングでした(笑)。
北海道のプルースのワインもそうだし、いままで小さなワイナリーだと設備もなくブドウだけ育てていたのが、設備も整えブドウもいいものを育て、自分が考えるタイミングで収穫するとなってくると当然レベルがあがるというのを痛感した試飲でした。

日本ワインとして強くなるために新ワイナリーの勉強の場を提供したい

池野

ペイン氏の全体の感想はどうでしたか。

鹿取

彼自身もかなりショックだったようです。3年くらい前に来日しているんですけど、こんなに変わるとは思わなかったと。城戸さんやプルースのワイン、そして池野さんのワインもでてきていて。

池野

そういっていただけるのは本当に嬉しいですね。

鹿取

そういう意味でワイン産業も多様化していて今や大手主導とはいえなくなっているんですね。殊、日本ワインに関しては北海道ワインは200万本、アルプスワイン100万本と40-50万本の大手といわれるところより造ってますよね。
そして小さなワイナリーも上質なものを造ってますが、すべての新しいワイナリーがそうであると限らない。もっともっと勉強しなくてはいけないと思うワイナリーも多いですし、そういう場も造っていかなければ行けないと思ってます。

池野

鹿取さんは積極的にシンポジウムやセミナー等企画されていますよね。毎年2月に東京大学でセミナーも恒例でされたしりして、生産者の情報を取り込みながらバックアップしている姿、まるで母のような存在だなといつも思っています。

鹿取

一軒突出したワイナリーがあっても日本ワインとして強くないじゃないですか。数軒でてこないと。シャルドネでいいワインができたらケルナーでいいものがあって初めてワインを造っている場所として日本が認知されるというのがあるから、知識の蓄積がないとあとに続かないからそういう場は造りたいと思ってます。

池野

いま日本のワイナリーの総数はどのくらいですか。

鹿取

正確なところは分からないですけど、200軒を超えたところでしょうか。そのあたりも国がようやく関心をもってきて実態を調べ始めています。本当の日本ワインをサポートしようとしてるのだと思います。

純国産と海外産の誤認をなくすためラベルに「日本産」の表示を

池野

それがワイン法につながっていくのでしょうね。

鹿取

将来的にだと思いますが、最低限決めなくてはいけないことは決めていくべきだと思いますね。なにを日本ワインと呼ぶのか、海外から輸入した濃縮果汁を使っているのが表示に出ていない現状はおかしいと思いますね。
朝日町ワインと小樽ワインの間にあった、(ワイナリー名は伏せますが)漢字で産地名のように書いてあるワインを買ってみたら、海外原料だったというのではよくない。産地は書かずに品種名だけとか、紛らわしいことを紛らわしく書いてある。ワイナリーとして正しく教示するべきだと思います。

池野

だんだん消費者もその辺り分かってきているのではないですか。

鹿取

でも分かっている人ばかりではないと思います。日本ワインは美味しいんだよね、と買おうとした時に誤認をうながす表示はすべきではないですよね。まずやらなくてはいけないのは「日本ワインとは」ですよね。

池野

法で規制しないと保てないのが現状なのですね。

鹿取

裏ラベルでもいいから「日本ワイン」と表示したいですよね。海外原料のワインと区別するためにも。本当は表ラベルに「海外原料使用」と書いてもらうのがいいと思ってますが。

池野

ブドウ造るのもそう容易い事ではないですしね。

鹿取

池野さんも植樹してから3年も5年も待ちましたよね。生産量が安定して来たのはここ数年かと。

池野

2011年からようやく安定してきましたね。

鹿取

あと言えるのは土地にたいしてもリスクを持つ、責任を持つということもあります。池野さんもブドウを植たからその土地でブドウを育て続けなくてはいけなくなったわけですよね。その決心をしたから植えたのであって、そこまでリスクを覚悟でブドウを育てたから美味しいワインができたわけですよね。

池野

「美味しいワイン」といっていただけてそれだけでも嬉しいです。でも、そんなに深く考えていたわけではなく、私には当たり前のことをしただけなんですよ。

鹿取

いまブドウが足りないと業界ではいっていますが、それは本腰を入れて育てようとしていないからというのもあるわけです。ブドウ栽培にワインを造っている人間が責任を持つということでも日本のブドウで造った日本ワインはほかのものとは違うんだよ、というのを明快に打ち出していく事が今たくさんできているワイナリーを支援することにも繋がっていくと思います。
国内はもとより海外でも日本ワインへの関心が高まっています。官邸での夕食会に供されるようになってきたりしてますし。

池野

せっかく日本にいるのですから海外ではなくその土地のワインをお出しするのはこの上ないおもてなしの方法だと私は思います。

鹿取

東京オリンピックもあり、ますます海外の方が来日するだろうし、輸出はしないとしても日本ワインをそのときに飲んでもらいたいですよね。
リーマンショック以前はブランドワインを買う、価格で最高級と言われているワインで満足する人たちがいて、現在もいますけれど、それとは違って自分が良く知っている場所とかどんな人がどのようにこのワインを造ったか、生産工程が分かるワインにお金を払う層が明らかに生まれていると思います。世の中の価値観が一元化していないのです。フードジャーナリストと先日話す機会がありましたけど、ひとつのもので日本人が満足することはないだろう、もっと多様化していると言ってましたがワインもそうですよね。これから日本ワインも地位を確立して飲み続けていかれるのだと思います。

対談を終えて

初めてお目にかかったのはフランスから帰国したばかりの頃。海のものとも山のものとも分からないワイナリー構想を頭の中に描いていたその時代の私にはワインジャーナリストの鹿取さんはとても眩しく見えました。あれから10年。鹿取さんと仕事でご一緒できる機会も増え嬉しくも気恥ずかしい感じもしています。そして日本ワインが浸透するにつけ、鹿取さんの存在はますます大きくなっています。現在は、メディア取材の他にもワイン学校での講師やセミナーなど人材育成にも力を入れていらっしゃいます。これからも様々な形で日本のワインを発信し、育て、見守っていかれることでしょう。鋭くも優しい眼差しで。

撮影協力:葡萄―Kurabuu―
URL:www.imadeya.co.jp

 

フード&ワインジャーナリスト 鹿取みゆき

フード&ワインジャーナリスト。東京大学教育学部卒業。新聞や雑誌など幅広い媒体で日本ワインを紹介する一方で、
現場の造り手たちのための勉強会、消費者との交流の場をプロデュースするなど、多方面で日本のワインの発展に尽力。
総説論文「日本におけるワインテイスティングについて」が「日本味と匂い学会誌Article of the Year 2009賞」を受賞。

著書
「日本ワインガイド」「日本ワイン 北海道」 (虹有社)
「日本ワインとつまみ」(柴田書店)

フード&ワインジャーナリスト 鹿取みゆき